ビバ☆ブラジル!!(仮)の最近のブログ記事

旅日記③

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1週間のセアラ滞在を終えて次に向かう先はバイーア州の州都サルバドール。
地図で見るとサルバドールはちょうどブラジルの真ん中の高さの右端海岸部分
に位置します。

サルバドールの空港に到着して空港のインフォメーションカウンターでざっと
地域の交通情報などを調べてから、中心街に向かうためバス停でバスを待って
いた。どこか時間の流れが遅くなったかのようで、バスも全く来る気配がない。
バス停の横の売店から漂う食べ物の臭いは、バイーア地方の郷土料理アカラジェ
だった。バスを待っている時間潰しにとでも思って、1つだけ食べた。
なかなかおいしい。

ようやくバスが来て、中心街へ向かうバスは海外通りをゆっくりと走り、僕は
地図を見ながら自分が今バスで走っている道を目で追っていった。海岸通りを
観光客でにぎわっているあたりでバスから降り、宿を適当に探して回った。
5,6軒回ったところで宿を決め、大きなバックパックの荷物を置いたら海岸通りを
歩いてみることにした。夕日が沈むのをぼーっと見るのが好きな僕は、チェックインを
すばやく済ませたかったが、思った以上に時間がかかり、もうすでに夕日は暮れて
しまっていた。だが、その薄暗い空の下、海岸にいる人々はそんなことお構いなしに
水浴びをしていた。

次の日、僕達は昨日見た海岸と同じように朝から海岸で寝っころがっていた。
いろんなとこを観光したいけど、こうやってビーチで放心しているのもいいな。
これがブラジルのフェィリアス(休暇)。


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20100211
としのり

保育園で働いて

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 昨年の12月末で、僕が働く保育園での仕事が終わったので、長くなりますが報告したいと思います。
 僕はメニノジェズースという2~4歳の子どもを預かる保育園で8ヶ月間働かせてもらいました。この保育園は全日制で、2人の教育者と共に、午前・午後に各1人のボランティアが働いています。僕はこの保育園の午後担当(2~5時)のボランティアでした。

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左が午前担当のドイツ人ボランティア、右が午後担当の日本人ボランティア。Tシャツは先生からのクリスマスプレゼント。手形は子どもたちのもの。


 僕の仕事は2時から始まるので、保育園に到着して最初の仕事はお昼寝をしている子どもたちを起こすこと。僕は少しギターができるので、ギターを弾いて彼らを起こしていました。彼らが起きたら、アクティビティの時間。室内で遊ぶ子、砂場や遊具で遊ぶ子様々です。そして、3時半が過ぎた頃、お話の時間が始まります。4時からはおやつの時間。その後、5時までは親や兄弟が子どもを迎えにくる時間帯になっています。

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寝ている子ども。僕もたまに寝させてもらいます笑


 さて、ここで少しモンチアズール創始者ウテ・クレーマーさんの講演の内容を紹介したいと思います。ウテさんは、近年の子どもの調査研究についてこう述べています。

「その調査の結果はいつも、いかに子どもの小さな時の生活のあり方が、大人になってからのあり方を決定するかということについて示しています。大人になってからの人生が、いい形で開かれるために、いかに子ども時代に起こったことが、基本的、根本的にエッセンシャルに重要なことであるかということを示しています。」
---------------ウテ・クレーマー「子ども時代にしか出来ないこと」、『日伯交流No.19』、(社)日本ブラジル交流協会、平成15年、7ページ----------------

 何が子ども時代に重要かというと、まずひとつに心の頼りにできる人がいたかどうか。親がその代表ですが、そこから信頼や人とのつながりを学ぶ。また、もう一つが遊びという行為だそうです。つまり、遊びを通じ、地球の要素(土、水、木など)と出会い、また人と結びつくこと。
子ども時代にいかに子どもらしい時間を過ごせるか。それがキーポイントであり、モンチアズールの教育活動にも大きく影響を与えています。

 僕が保育園で働いて考えるようになったことは、そのうちの一つ「心の頼りにできる人」の存在についてです。保育園には、親から暴力を受ける子ども、片親の子ども、家庭にドラッグの問題があったり、家庭、特に親に問題を抱えている子どもが多いのが事実です。しかし、それでも子どもたちは自分の親を信頼しています。保育園の子どもの中には、0歳のときから同じ先生に面倒を見てもらっている子どもが少なくありません。それは1人の先生ができるだけ長い時間子どもと接することが、心の頼りになる人に繋がるからです。

 しかし、子どもが泣き出すと、わざわざ日本からやって来たこの僕ではなく、また長く面倒をみてもらっている先生でもなく、多くは「お母さーん」か「お父さーん」と言って、助けを求め泣いてしまいます。そんな子どもの姿を見ていると、親の存在、責任の大きさを強く感じます。

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親子でツーショット。


 少し話がそれるのですが、心の頼りになる親について。
 ちょうど今から1ヶ月ぐらい前でしょうか。ファベーラに住むある少年がある日本人ボランティアのカメラを盗む事件がありました。実は、モンチアズールでイベントが行われたときに、私たちが不注意で彼にデジタルカメラを貸してしまったのが事件の発端です。私たちは、彼に貸したカメラが盗られたことに気づき、モンチアズールの関係者に協力してもらい、カメラを無事、返してもらいました。

 その後、私たちは彼の家に向かい、家族と一緒に話をしました。驚いたことに、そこには、保育園で面倒を見ている彼の弟、そしてよく僕に話しかけてくれる母親もいました。だから、母親とは目を合わせるのがとてもつらく感じました。
私たちは、彼に事件の説明を求めました。結局、頑なに説明を拒んでいた彼も、自分でカメラを盗み、それを売ろうとしていたことを認め、私たちに謝りました。その間、彼の両親も彼を叱り続けていたのですが、最終的には母親が泣き出してしまいました。
 実はカメラを盗んだ彼は窃盗の常習犯で、私の保育園でも先生の携帯を盗んだことがあったのです。そのとき、保育園の先生からこう言われました。「彼の親は盗みで入ったお金を見てみぬふりして使っているのよ」と...。
 あくまで、僕が人から聞いた話ですが、もし本当にそうだったら、どうでしょうか。その話を聞いていたのもあり、彼の家で母親が子どもを叱りながら涙を流している姿を見て、ひどく複雑な気持ちになり、僕も泣いてしまいました。


 僕はもうじき日本に帰らなければなりません。保育園で8ヶ月働きましたが、到底彼らの今後の人生を支えられるような心の頼りになる大人には及びません。カメラの事件があった時も、彼の口から本当のことを聞くことでいっぱいでした。しかし、僕は彼とたくさん話をしたり、今後の彼を心から大きく支えるような存在にはなれません。

 しかし、僕にもできることはあり、考えることがあります。僕が将来、結婚して子どもができたら絶対寂しい思いはさせない。そして僕の両親がそうであったように、常に心の頼りになる親になりたいと。そして僕がこう想い、それを実践していくことがモンチアズールに対する恩返しのひとつになるのかもしれませんし、世界を変えていく小さな小さな一歩になるのかもしれません。

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立派な大人になってね


 僕が保育園で働いていた時、モットーにしていたことは、「子どもを理解し、受け止めること」。
子どもがどんなに暴れたり、へそを曲げたりしても、なるべく怒らずに、深呼吸して、頭を冷やしました。なぜなら、どんな子どもであれ、彼らの行動・様子には必ずその原因になる背景があるからです。さすがと思ったのは、先生たちは子ども1人1人の家庭状況を実によく熟知していること。先生はよくそれらのことを僕に教えてくれました。

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保育園の先生です


 さあ、そのおかげなのか、8ヶ月間という時の流れのおかげか、自慢じゃないけど子どもたちもとてもなついてくれました。僕は保育園外で子どもと会うのが好きです。なぜかって、子どもがなついてくれてるかよく分かるんですね。スーパーで偶然会って抱きついてくる子もいれば、道端で目が合ったのに無視されたり。ついつい「クソー、無視はないやろ」とつぶやいてしまいますが、それもまた可愛かったりします。先日も1ヶ月の休暇を挟み、久しぶりにファベーラで働いていると、僕の保育園の子どもが「チウーー」と言って僕を見つけてくれ、坂の上の方から走って来ました。僕も嬉しくなり駆け寄ってその子を抱っこしてほっぺにキスをしました。そして思いました。うーん、やっぱり保育園で働いていてよかったと。そして僕が帰ってもずっと僕の事を覚えていてほしいよなー。
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一番僕になついてくれた子です


 ざっとこんな風にまとめてみましたが、どうでしょうか。というか、別に僕はまだ帰国しませんので、またそれまで機会があれば、アップしたいと思います。


20100129
しもむかい


旅日記②

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その後僕たち一行はフォルタレーザからバスで5時間海岸沿いに
走った場所に位置するカノア・ケブラーダに到着しました。

僕はこのカノア・ケブラーダには特別な思い入れがあって、今回で
そこに行くのが3度目でした。2008年に2ヶ月間ボランティアとして
活動した中で、現地の若者たちと一緒にイベントを企画したり、今年
の9月は日本の学生たちと共にスタディーツアーを実施したりして、
思い出もたくさんあれば、たくさんの友達もそこにはいます。

年末の30日から1週間カノア・ケブラーダに滞在させていただいた
のですが、なんとその期間、僕たち4人をあわせると日本人が
15人ほどいました。それだけみんなが集まる魅力を秘めている
場所なのです。

どんな場所なのか、そこの何が魅力なのかを説明しようと思っても、
口では説明できませんし、写真やビデオを使ってもなかなか伝わら
ないでしょう。実際に行って見ないとわからない、そんな場所がカノア・
ケブラーダなのです!!


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滞在した村の裏には砂丘が広がり、その砂丘を登りきると
一面に森が広がる。森に吸い込まれていく夕日を見るのは
最高!!


20100127
ふくいとしのり

旅日記①

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僕たちは年末年始の休暇で、ブラジル国内の旅に出ていました。

昨年12月29日、サンパウロを出発して向かった先はブラジル北東
部に位置するセアラ州の州都フォルタレーザ。海岸沿いに位置する
その都市に住む僕の友人ワジソン君を訪ねに行きました。彼はかれ
これ10年ほど日本語を勉強していて、今では大学の日本語講座の
先生です。なので、彼は日本人を家に招待するのが大好きです。

彼にフォルタレーザを案内してもらい彼の家で晩餐をしたときの
ことです。家の前のバーで瓶ビールを6本ほど買って乾杯。
ゴクゴク・・・。ん、どこか味が変だ。というか味がない。炭酸も抜けて
いる。まずい。

おそらくものすごく古いビールを出されたのでしょう。こうしてモンチ
アズール日本人ボランティア4人の旅は始まったのです。


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20100126
ふくいとしのり

まずは、サンパウロでのクリスマスの様子をお伝えします。

24日の夜は滞在先のリンダウバさん宅でディナーパーティー。

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25日の夜はみんなでブラジルで一番大きなクリスマスツリーを
見に行きました。

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今年もクリスマスが終わり、2009年という一年が終わりを迎えています。

最近、人生は問題解決の連続だということつくづく感じています。人生誰
だっていつだって問題を抱えることでしょう。その問題を解決することで
人は成長し、人生はより良いものとなるでしょう。たくさん問題があっても、
一つまた一つと解決していけばいいでしょう。もしその問題が一人で解決
できなければ、周りの人に打ち明けてみるといいかもしれません。

また、その問題がどのような問題で、どうしたら解決できるのか考える力
も必要です。人に相談してみる勇気もいります。

問題だと感じないこともまた問題でしょう。問題を発見するにはどうすれば
良いでしょう。自分を見つめなおすことも大切です。慌しい生活で、自分を
見つめなおす時間を取ることはできますか。

さて、今あなたにとって最大の問題はなんですか?


20091227
ふくいとしのり

アマゾンからの訪問者

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つい先日、モンチアズールにインディオの方が訪れた。
名前は覚えていないが、普段はアマゾンの奥地で生活しているらしい。

お金が貯まったから旅をすることにして、サンパウロを訪れたとき、
一人のモンチアズールの職員と偶然出会い、その職員が彼を
モンチアズールに連れて来たようだ。

昼食の席が彼とたまたま隣になって、少し話を聞くとすごく興味深かった。
アマゾンで住んでいる村では、大半の食料は自給自足。調味料や
お米は近くの市場で買う。ピラニアなんて簡単に釣れるらしい。

村のお年寄りが亡くなったときは、その人の骨でとったダシ汁を飲むと、
頭が良くなるという伝統的習慣があるとのこと。

とにかく僕の隣で昼食をほとんど噛まずに飲み込んでいたのが気になった。

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20091221
ふくいとしのり

発表する場が与える緊張感

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僕は人前で話したり発表するのは得意ではないが好きです。

人前で発表するとき、どんな人でも多少は緊張する。僕はその緊張
している瞬間が好きで発表の機会があればぜひ参加したがる。

昨日も学童保育の子どもたちのクリスマス劇発表会があって、僕は
全く関係ないが劇で笛を吹いてくれない?と前日の夜に誘われて、
劇で演奏することになった。

クリスマスの歌を2曲吹くよう頼まれたのだが、本番直前まで練習す
ることなくそのままリハーサルを迎えた。劇を手伝うために参加して
いるのにどちらかというえば足を引っ張っているようだった。
リハーサル後、ほんの少しの時間で練習した甲斐あって、本番はな
んとか上手く吹けた。


いつも感じるのだが、緊張すると身体中の血流が止まったように感
じる。だけどなぜか心臓はいつもより大きく、激しく動いている。
そして、発表が終わって一息つくと、一気に血流が身体の隅々まで
行き届いているように感じる。その間心臓はゆっくりは休む。

そのとき、発表の結果はどうであれ、自分が少し成長した気になる。
緊張感は自分にとって大事なものであり、積極的にそういった機会を
利用していきたい。

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モンチアズールの子どもたちのオーケストラ。
子どもたちにとっても発表の場は大切だと思う。

20091218
ふくいとしのり

裏プレゼント交換

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ブラジルではクリスマスシーズンになると友達や職場仲間と「amigo secreto
(秘密の友達)」というパーティーをする。
パーティーに参加する各自が前もってクジをひき、みんなにわからないように
相方を決める。その相方に対してのクリスマスプレゼントを用意し、パーティー
の日に手渡すというものだ。日本でいうプレゼント交換というとこかな。

そして、昨日は仕事後に普段私の働いているファベーラの事務所の隣にある
モンチアズールコミュニティー協会が運営している図書館で「amigo da onca」
というパーティーがあった。

amigoは友達という意味でoncaは動物のヒョウという意味と非常に憎い人
という意味もある。

最初このパーティーに誘われたときは、何のパーティーかわからなかった。
でも、その日は特に何もないし、よくわからないけど参加することにした。
そして後日、詳しく説明してもらったパーティーの内容はこうだ。

「amigo da onca」は「amigo secreto」と要領は同じで、クジで相方を事前に
決める。もちろんその相方は誰にも知らせてはいけない。そして、パーティー
までにその相方がすごく喜ぶプレゼントを1つ(15レアル:750円くらいのもの)
と、相方が悲鳴をあげて嫌がるようなプレゼントを1つ(価格設定なし)で用意
し、パーティーの日にみんなの前で順番に手渡ししていく。

普通のプレゼントは難なく用意できたが、相方の嫌がるプレゼントは当日まで
悩んだ。参加する職員のみんなも仕事中どこかそわそわしていた。

そしていよいよパーティー。普段は子どもや地域住民が使用する図書館を締め
切って鍵まで閉めて、ワクワクする雰囲気の中パーティーが始まった。

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参加者はちょうど30名。こんなに集まると思っていなかった。


さぁ、誰から始めるとなったとき、「じゃあ私がトップバッターね!」と
勢いよく普段はアルコールやドラッグ中毒で悩む患者のための
医療施設で働くドルバリーナとういうおばちゃんが手を上げた。

2つのプレゼントを渡し終えたが特に普通のプレゼントじゃんと思っていると
さらにもう一つプレゼントが用意されていた。

それがこの下着。
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悲鳴をあげて嫌がるどころか、雄叫びをあげて喜んでいました。

その後も下着が連発。ほんとブラジル人は好きですねー。というか本能的。。。
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ん?これは下着か?


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とてもブログにはアップできないような下着もありました。
みなさんにお見せできないのが非常に残念です。

でもこのネタは何回やってもウケる。みんな毎回大爆笑。


こんなプレゼントもありました。
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箱いっぱいのパン。


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これはえぐい。生の牛タン一本串刺し。


という感じで、
ほんとブラジル人はこうやって楽しむのが大好き。そして楽しむのが上手い。

僕も「amigo da onca」を日本に持ち帰ろう。


20091216
ふくいとしのり

子どもを感じる

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前の記事の続きになるが、子どもたちとソーラン節を踊ることが僕に何を与えたのか。

それは、子どもを感じること。

今回のプロジェクト活動をこちらで始めてからすでに半年以上が経ったころ、僕は日々
の生活にどこか物足りなさを感じていた。プロジェクトが波に乗ってくるに伴いどうしても
事務仕事が多くなる。ひどい時は1日5時間以上パソコンの前に座っていることもある。
たったの5時間?!と思うが、ここモンチアズールではその時間は想像以上に退屈だった。
老若男女が広場や道端、パン屋のベンチ、仕事場と様々な場所で遊んだり話したり、
笑ったりしている。
そんな姿を横目に事務所でパソコンとにらめっこはきつい。

まずは、プロジェクトの建設現場での肉体労働に参加することにした。スポーツ経験の
長い僕は少し体を動かせばリフレッシュする。ただ、現場の仕事もやりすぎると疲れきっ
てしまうので、朝7時から2時間ほどにとどめている。

そして次に僕が手を出したのは、子ども。
モンチアズール最大の魅力と言ってもいい子どもとの仕事。モンチアズールは子どもに
対する教育支援をメインにして活動している。モンチアズール創始のきっかけもやはり
子ども。

そこで、僕が思いついたのがソーラン節教室。僕が2年前モンチアズールで活動していた
ときからの友達が教育者となり、彼の学童保育の子どもたちに対してソーラン節を教え
たいと提案してみるとあっさりと承諾してくれるどころか、彼の方が乗り気になってくれた。

僕はそれほど子どもと遊ぶのが得意ではないが、彼が上手くフォローしてくれて
なんとかソーラン節は上手くいった。
そのソーラン節を教えていた子どもたちの中に一人特に印象的な子どもがいた。
ギレミという名前の男の子。
確か2回目のレッスンの途中に、他の子どもともめていたところを僕が注意するとすねて
どっかに行ってしまった。それ以来彼はレッスンに参加することなく、みんなが踊りを練習
している時間は図書館で一人で本を読んでいることが多かった。

ところが、最後から2回目のレッスンの日。昨日までのことは全て忘れたかのように、ギレ
ミは一番前の列に来て「さぁ、踊ろう!!」と自ら率先して踊ることを要求してきた。
もちろんレッスンをずっと休んでいたので、ほとんど踊れない。踊れなくなると
「ここはまだ習っていないー。」と言いながらも僕のマネをしながら一番楽しそうに踊って
いた。

そして、日本祭りの当日も、雨が降ってみんな帰ってしまったのにも関わらず、一人で
会場に残り、発表が始まるまでずっと待っていてくれた。

なんと子どもはわかりやすいというかわかりにくいというか。
でも、子どもは僕たちの心と行動にそのまま反応するなってつくづく思う。
子どもと接するということはそれだけ自分という人間を試す機会なのかもしれない。

そしてソーラン節教室が終わった今、次はどうやって子どもを感じようか。

そこで今日から始めたのが、モンチアズールの保育園での仕事。
ホントに久しぶりて気がした。正確に言えば約2半ぶり。
僕がブラジルに初めて到着してモンチアズールに来たとき、最初の仕事場は保育園
だった。まだ言葉が全く分からない状態で、必死で子どもと遊び、教室を掃除しまくった
のを覚えている。そして今日から年末までの少しの間だが、毎日昼から保育園のお手
伝いをさせてもらうことになった。

さて、ここの保育園で僕はどのように子どもを感じるのだろうか。


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2007年こどもの日。デジカメで写真を撮ると子どもたちは、すごい勢いで画面を見るために走ってくる。

20091214
ふくいとしのり

呪われたソーラン節・・・

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今年10月の初めから週に1回だけ、ペイーニャというモンチアズールコミュニティー協会が支援する隣のファベーラの子どもたちにソーラン節教室をやってきた。

確か教室を始めた頃は、まだブラジルは冬が終わったところで少し肌寒かった。その後だんだんと暖かくなってきて、いつも練習していた大教室では20人近くの子どもが踊ると蒸し風呂状態になって30分も練習すれば子どもたちは我慢できなくなって、外に飛び出して行ってしまう。

どうにか30分だけの時間を最大限に使って、踊りをおぼえてもらおうと工夫した。いかに子どもたちが踊りを通して楽しめるか。振り付けの細かい指導は置いといて、とにかく声を出して楽しく踊ろう。

そして2ヶ月が経った11月末。遂に発表できるところまで到達した。11月末の日本祭りと、ペイーニャで毎月開かれるSARAU(歌でも踊りでも詩でも発表したい人は誰でも発表できる場)で発表することにした。

ところが、ここから不運が続いた。
毎日のように雨が続いた。

まず、SARAUは夕方6時から開かれるのだが、ちょうどその時間帯になると空の色が怪しくなってくる。ペイーニャの劇場として使っているスペースは屋外で屋根がないので、雨が降ると音響が濡れてしまうため中止になる。

やはり空の色はウソをつかなかった。6時付近になるとしっかりと雨が降り出して中止。この日の子どもたちとのリハーサルを見た限り、踊りの仕上がりはほぼ完璧に近いものだと自負していた。それだけに残念だった。

そしてその次の週に延期されたSARAUだったが、ここ1ヶ月間ほんとに毎日降る雨は予定通りこの日も降った。そしてその次の週に再延期されたのが一昨日の金曜日。
夕方6時付近になるとやはり空の色が怪しくなってきた。今日こそはと思い、時間を早めてでも雨が降り出す前に踊ろうと急いで準備して踊り始めた。

さあ、スタンバイが完了して子どもたちが踊りの位置についた。するとパラパラパラ・・・

やはり降り始めた。強行して踊りを始めたが雨足は見る見るうちに激しくなり、結局踊りの途中で中止になった。
もう今年のSARAUを延期できるのはその日が最後だった。


日本祭りでの発表はどうだったかというと、これもだめだった。
その日も発表の前に雨が振り、そのあと雨は止んだのだが、日本祭りが行われたモンチアズール隣のファベーラから来ている子どもたちは自分たちの家に帰ってしまい、結局発表まで残っていたのはたった1人の子どもだけだった。


まともな発表ができなかったが、昨日行われたペイーニャの職員や住民、子どもが集まる集会で発表させてもらうことになった。子どもは半数ぐらいしか集まらなかったが、しっかりとソーラン節を踊りきることができた。


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どっこいしょー、どっこいしょー!!

2009年12月13日
ふくいとしのり

先日麻衣子が記事を書いてくれた日本祭りの写真をアップしますね。


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2009年12月11日(金)
ふくいとしのり

今日は雨が降らなかった。ここ2~3週間ほど毎日のようにいつしか雨が
降っていた。傘は毎日必需品で、洗濯物は洗う気が起こらないので、3日
連続で洗ったパンツがない。だからリンダウバファミリーの男や同じボラン
ティアの下着をこっそり借りている。

最近事務所仕事が多いので、心も晴れてこない。

今日一日を振り返りながらブログに何を書こうか考えていると、リンダウバ
家長女のマリアが、
「今日はトシノリの番だわ!!」
といって、「9」という数字が赤いクレヨンで真ん中に書かれている1つの封
筒を渡してきた。

クリスマスカレンダーといって、リンダウバ家のリビングにある大きな机の
上に同じように1から24までの数字が書かれた封筒を並べてある。彼女が
毎年セットするときは、松ぼっくりを円状に並べてそこにその封筒を添える
らしい。

もらった封筒を開けると一枚の紙切れと、3つの種類の異なるチョコレート
が入っていた。紙切れにはマリアからのメッセージが書かれている。
このプレゼントを封筒に書いてある数字の日付通りに、12月1日から24日
まで毎日マリアはこの家に住んでいる人に順番であげていく。


ドイツの文化らしいが、すごくいいと思う。日本にもって帰ってやってみたい。
些細なプレゼントだが、すごくうれしい。プレゼントは中身ではなくて気持ち
が大切だとつくづく思う。


マリアはドイツから1歳半になる双子の息子を連れてきているのだが、息子
には息子用のカレンダーがある。クマが顔を出している赤い靴下が24つリビ
ング壁にぶら下がっている。それぞれの靴下には同じようにチョコレートのプ
レゼントが入っていて、毎日息子にプレゼントしている。

子どもたちが寝るときは、クリスマスの物語の絵本を読んであげて、お母さん
が歌うクリスマスソングを聞きながら寝る。


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2009年12月9日
ふくいとしのり

今朝、ホームスティさせていただいているリンダウバさんの家の
キッチンで朝食をとっていたときのことだった。

リンダウバさんは眠い目をこすりながら起きてきた息子のルイス
に向かっていきなり、
「この家にあるいらない服とくつを全部集めなさい」と言い出した。

先日、サンパウロ市内にあるファベーラで火事が起こり、ほぼ全
世帯となる約300世帯が燃えたようだ。そこのファヴェーラの住
民に対しての支援物資を送ろうという活動が今モンチアズール
で行われている。

何も迷わずに支援しようと動くリンダウバがすごく偉大に見えた。
彼女自身も昔は毎日生きていくのに必死だった経験がある。そん
な経験があるからこそ、今となって困っている人を自分ができる
限りの範囲で支援することができるのかもしれない。

その後、なんでか忘れたがリンダウバが笑い声を上げると、ベランダ
で飼っているオウムが歌を歌い出した。そして僕もルイスも笑った。

たった一人の心が、たくさんの人の心を満たすことができる予感が
した。


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大きな栗の木の下で、あなたとわたし、仲良く遊びましょ


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ふくいとしのり

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こんにちは!!WorldFut共同代表の三井俊介です。前回も1度だけCRIさんのブログに登場させていただきました。私自身について、またWorldFutについてはそちらをご覧になっていただけると幸いです。
前回記事→http://www.cribrasil.org/blog/monteazul/2009/11/post-47.html

若干前回投稿させていただいたブログの予定とはずれましたが、無事二つのイベントを行うことができました。

まず11月7日にチャリティーフットサルマッチを開催しました。カナダで出会った、ブラジル人の友達に話したところ、コート、選手と集めてもらいました。
友達についてきてもらって、少年団に寄付するグッズを選んでいるとき、「少しでも安いもの」を求めていました。それも当然のこと。予算が限られているからです。できるだけ安く抑えたい。そこでふと思ったんです。「なるほどね。こうやって援助物質は質の低いものに必然的になり、物品提供しても、すぐにゴミと化してしまい、意味のないものになるのだな。」と。意味のない援助と呼ばれるものを聞いた時、こいつらバカだろうとか思っていましたが、同じことをしようとしていました。ただ勉強して、批判するのと、実際にやってみるのでは天と地の差があると感じました。

①サンタマウロ.JPG
サンタマウロでの市場の様子。ここでグッズを購入しました。


大会は無事に行われました。しかしものすごく困難なものでありました。一番難しかったのが「オーガナイズする」ということです。イベントなのだからしなければならない、しかし言葉が通じない。自分でその場で伝えたいことを、すぐに伝えられない。自分の言葉で伝えられない。友達を介してじゃないと伝わらない。それが難しかったです。

②会場となった小学校.JPG
チャリティー大会の会場となった小学校です。

写真⑧ 団旗.JPG
コンテンツとしてWorldFutフラッグに子供たちへのコメントをいただきました。これが少年団の団旗になります。

④優勝賞品としてトロフィーも準備しました。.JPG
優勝賞品のトロフィーです。言葉は自分で作成しました。

写真⑤全体集合.JPG
集合写真です。何人か帰ってしまいましたが、なんとか撮影できました。

そして11月14日に、モンチアズールにてサッカー少年団を開校しました。少年団を始めるためのコートの交渉、そしてコーチとの交渉。子供たちに告知するためのフライヤーの作成。またモンチアズールのトップのヘナッチさんとのお話の機会など、これらすべてのことをモンチアズール現地スタッフの福井さんに助けていただきました。

写真⑥コーチをしていただける、ダニエルさん.JPG
コーチをしていただける、ダニエルさん

そして、当日。最初に私からのメッセージ。福井さんにポルトガル語に直していただきました。その後、カナダでのチャリティー大会で購入し、ブラジルに送付したサッカーボールとブラジルでの大会の収益で購入したサッカーグッズの贈呈を行いました。カナダからの長い物語がつながった瞬間でした。そして写真撮影と行い、少年団が開始されました。

写真⑨ グッズ.JPG
贈呈した物品。ボール5つ、びぶす10枚、コーン12個、ホイッスル1つです。

写真⑩ 代表挨拶.JPG
子供たちへのメッセージです。自分と福井さんで行いました。

写真⑪ 全体集合写真.JPG
全体集合写真です。当日は日本人ボランティアの方々も駆けつけてくれました。]

途中雨も降りましたが、そんなのお構いなしに続ける子供たち。また日ごろは、子どもたちも友達同士で対立することはあっても、コーチのような人に怒られるということはないのです。しかしこのクラブではそれがあります。ダニエルさんというコーチの人に怒られる。子供も対抗するのですけども、彼にまたガツンといわれて、「ちくしょー!!」ってなる。どこかでもうれしそうなオーラを感じました。これがスポーツから学べるひとつの大きなものだと思います。
最後ダニエルさんに、「これからがんばって、続けてください。」って言った時、「おじいさんになってよぼよぼになっても続けるよ。やめないよ。」って言ってくれ、固い握手を交わしました。言葉にすると陳腐になってしまいますが、ものすごく感動しました。

写真⑫ 練習の様子.JPG
練習の様子

写真⑬ 雨が降り出しましたが、お構いなしに続けます。.JPG
雨が途中で降りましたが、子どもたちはお構いなしに続けました。

写真⑭ カナダ大会からのボール.JPG
カナダ大会の収益で購入したボールが無事、ブラジルの子供たちに届きました。

イベントを終えてみて、今回この二つのイベントを1か月という短期間でできたのには1つの大きな理由があると思います。それは自分がコミュニティーに属していたということです。最初のチャリティーサッカーマッチ。私がカナダで出会った友達が、私を彼のたくさんの友人に紹介してくれ、それによって、多くの友人ができました。その人たちを誘うことによって、チャリティーマッチは実現しました。またサッカー少年団の方も、モンチアズールさんに協力していただきました。特に福井さんの協力なしでは実現することは不可能でした。忙しい中、私の要望を丁寧に吸い上げ、そして通訳を行っていただいたり、さまざまなアドバイスをいただきました。当日もきていただき、大変いい開校式であったと思います。

この留学生活(カナダとブラジルでのイベント)を通して、多くのことを感じ、多くの事を考え、そして多くの事が自分の中で変わっていきました。それについて、1本のエッセイにまとめましたので、ご覧になっていただければ幸いです。

関わってくれた多くの方々に、ありったけの愛を込めて
心からありがとうございました。

2009年11月16日 
WorldFut共同代表 三井俊介


写真⑮.JPG

「生まれゆく光の中で」
http://ameblo.jp/pennta12/

先週の金曜日、保育園や学童保育などの子どもたちを対象にフェスタ・ド・プリマベイラ(春のお祭り)が行われました。今、ブラジルの季節は春。それでも一日半袖で過ごせます。
モンチアズールの教育部門では季節やキリスト教に沿った行事がたびたび行われます。
当日はお昼ごはんに、保育園の料理場担当の人に頼まれ、日本人ボランティアがやきそばを作りました。
フェスタでは、普段は交流のない他の保育園の子どもたちと一緒にダンスを踊ったり、歌を歌ったりしました。


PB072958.JPG
僕の働く保育園の子どもたち。フェスタに向かいます。


PB062943.JPG
写真があんまりなかったので...

PB073031.JPG
春なので花冠を頭につけます。作る時間がなかったので花なしバージョン毛糸冠。


PB073034.JPG
フェスタの様子


僕も保育園で働いてそろそろ半年が経ちます。
最近は子どもたちも、とてもなついてくれようになってきましたし、、カタコトのポルトガル語ですが、ちょっとずつ僕の言うことを聞いてくれるようになってきました。馬鹿にされることが多いですが・・・
それでも子どもたちには愛情たっぷりに、これからも面倒をみていきたいと思います。

PA072489.JPG
仲良し4人組み

そうご
20091112

モンチアズールで働く職員の間では月に2回、ヘルニアオン・デ・キンタ(木曜会議)が開かれます。これはある与えられたテーマ(今年のテーマは「関係」)のもと、モンチアズールの各部署が会議を企画するのですが、10月下旬の当番はなんと私たち「ボランティア」。

PA232812.JPG
ヘルニアオン・デ・キンタの様子

モンチアズールで働いていると、ボランティアに対する良い評判、悪い評判、どちらもよく耳にします。今回の会議で、私たちボランティアは職員の方との関係を少しでも良くしたいとの理由で「ボランティアと職員の間にある問題点」をテーマに職員の方にディスカッションを行ってもらいました。その結果は、おおまかですが以下の通りです。


・ボランティアから職員への先入観がある。(ブラジル人だから仕事をあまりしない、時間に遅れるなど)
・日本、ドイツなどのボランティア同士がその国の母国語で話すことがある。
・ボランティアの仕事先をもっと慎重に決めるべき。ボランティアはブラジル到着早々、オリエンテーションなどもないまま、いきなり仕事が始まってしまう。
・ボランティアの年代が若すぎる。(20代前半が多い)
・ボランティアが各自の仕事以外のモンチアズールのイベントにあまり参加しない。
・モンチアズールの職員の中にはボランティア(外国人)と働くのに慣れていない人がいるので、ボランティアの経歴、特技、性格などを事前に職員に詳しく伝えておくべき。
・職員がボランティアにモンチアズールの説明をもっとすべき。
・ポルトガル語ができないまま到着するボランティアが多いので、ポルトガル語試験などの審査があってもいいのでは。(現在は特にこれといった審査、試験はありません)
・職員がボランティアをもっと尊敬すべき。(ボランティアが職員の使いっぱしりになるときがあるので)

PA232791.JPG
ディスカッションの様子


会議では、日本とドイツのステレオタイプを表す寸劇や、ブラジル、ドイツ、日本の歌も披露しました。
PA232777.JPGのサムネール画像
なんとか日本人を演じました

PA142702.JPG
歌の練習風景

実はもうお知らせしたように9月末から多くのボランティアが到着し、かなり賑わっています。僕が住むリンダウバ家も今は、日本人が6人、ドイツ人3人、オーストリア人1人、イラク人1人とボランティアだけでも11人が滞在しています。僕もモンチアズールの生活が半年を過ぎましたが、エネルギー全快の新たな仲間がたくさん到着して、朝から晩まで何かと忙しいですが、とても充実した毎日です。


そうご
200901105

10月中旬にカナダから一人の若者が到着しました。
三井俊介くんは1ヵ月という限られた時間で、彼がサッカーを通して挑戦
したいことに励んでいます。

彼が記事を書いてくれたので以下に掲載します。


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こんにちは!!WorldFut共同代表の三井俊介です。私は大学2年生を終了後、
1年間大学を休学し、半年間カナダで語学とビジネスについて学び、その後
ブラジルに1か月滞在し、3か月南米を一人旅し、日本に帰国します。


WorldFutとは日本の学生団体(2010年、NPO化予定。2015年にはNPOを残
しつつ、収益の出る部分のみ株式会社設立予定。)で、2008年6月7日に設立
されました。ミッションスティトメントとして、

"To create a world filled with smiles and happiness, WorldFut inspires all
partners and brightens their lives ̶ through football."

「幸せと笑顔で溢れる世界を作るために、WorldFutは全ての人々に『きらき
ら』笑って暮らす『きっかけ』を提供する。」というものを掲げています。
主な活動として、チャリティーサッカーマッチなどのイベントを通しての啓
蒙活動を行い、そのイベントの収益で国際協力を行っています。大会には、
毎回異なった社会問題をテーマに置き、参加者に考えてもらうことを行って
います。日本では、すでに第4回大会まで開催しており、述べ約1000名の方
が参加してくださいました。


また2009年8月21日には、私が滞在していたカナダで、WorldFut史上初の海
外チャリティーサッカーマッチを開催し、80名の方に参加していただきまし
た。
カナダでは、韓国人の参加者が将来一緒に働きたいとまで言ってもらうこと
ができ、大成功を収めました。そしてその友達を中心にカナダ支部というも
のも誕生し、現在は日本、カナダの2カ国で活動を展開中です。

詳しくはホームページ等をご覧ください。
公式HP
http://worldfut.web.fc2.com/
Facebook page
http://www.facebook.com/home.php#/pages/WorldFut/111636073833?ref=mf

そしてカナダでの活動を終え、ここ、ブラジルに10月11日に到着しました。
ここではモンチアズールさんの協力のもと、あるプロジェクトを行おうとし
ています。

「WorldFutブラジルプロジェクト第1弾 」

10月11日から11月14日、1ヶ月の間で現状を把握し、問題を探り、それの解
決にむけてのアプローチを、イベントを通して行なうという新たなるチャレ
ンジ。

そして、この2週間で感じたブラジルでの大きな問題の一つ。それは経済格差。
国民の10%の最高所得者が、この国の富の約50%を占め、
国民の10%の最低所得者が、この国の富の約2.4%しか所有していない。
ホームレスの方がサンパウロ市内だけで4万人。1日1ドル以下の生活者は国民
の30%強。そんな中、中所得者以上の方はパソコンやTVゲームなどの娯楽商
品はもちろん、家も日本の一般家庭よりも大きい。
また、この都市では車が主な移動手段。中所得者以上の方は車を所有しており、
毎日大渋滞。しかし、高所得者の方々は渋滞には巻き込まれない。なぜならば、
彼らはヘリコプターで移動を行なうからだ。世界第2位のヘリコプター所有数
なのはこの理由だ。ヘリコプター1台6億円。それを買ってしまうのだ。

そして中所得者以上の方は、貧困者へのアプローチというのは政府の仕事だと
考えている傾向がある。そして彼らは慈善活動のようなことを行う時間もそん
なにない、という。 しかし、サッカーは大好きで仕事後に行なうのだ。

経済格差を解消する上で大事になってくるのが、
「お金があるところから、お金がないところへと、お金が流れていくシステム」
だと考えます。


そこで!!
11月6日(金)にまず、中所得者以上を対象にチャリティーサッカーマッチを
開催します!テーマは「経済格差」。そこからサッカーをするだけで、あな
たでもできることがあるよっていうところを伝えられたらなと思います。

そしてその大会で得た収益を使用し11月7日、モンチアズールでサッカークラ
ブ(少年団のようなもの)を開校します。


この貧困街で、子供たちはボロボロのボールだけれども、サッカーを楽しんで
います。そこで大会を開いても、彼らにとって新鮮味もないし、特別なもので
もないと考えました。一方で、彼らはサッカーを学ぶ場もお金もないという事
実も分かりました。そこで中所得者以上の方々をターゲットに大会を開催し、
そこで出た収益でコーンやビブスなどのサッカー用品を購入し、サッカークラ
ブ運営費に充てようと考えました。ここから将来プロ選手が生まれるのが夢で
す!

このクラブ運営のために、カナダに引き続き、ここブラジルでもWorldFut支部
を作ります。
そしてこのシステムが続いていくような体制を構築します。

自分一人では、このようなプロジェクトを1か月で実行することは全くの不可
能です。しかしモンチアズールの現地スタッフさんの協力。また自分のブラジ
ル人の友達の協力のおかげでなんとか、このプロジェクトも形になりそうです。
本当にありがとうございます!
その期待にこたえられるようにがんばります!


「自分にできることは小さなことばかり、
でも、世界は小さなことから変わる」

ブラジルでの様子や南米一人旅の事をブログにアップしていきます!

「生まれゆく光の中で」
http://ameblo.jp/pennta12/

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20091103
TOSHI

ブログ復活!!

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ブログに問題があり約1ヵ月という長い間、記事の更新ができませんでした。
ブログを見て下さっていた皆さん、お待たせいたしました。

ざっとこの1ヶ月を写真と共に振りかえってみます。


IMGP9445.JPG
これで歯医者も恐くない2009/10/7


IMGP9456.JPG
リンダウバ家末っ子ルシアナの誕生日2009/10/9
写真右は新しい日本人ボランティアのアツシーニョ(あつし)


IMGP9462.JPG
トレッキングに挑戦2009/10/11


IMGP9534.JPG
パン屋さんで働くデボラさん。
こんな大きなケーキ、誰のために作っているのかな。2009/10/23


IMGP9543トリミング.jpg
写真下段一番左の新しい日本人ボランティア、マイケル(まいこ)の誕生日。2009/10/23


IMGP9616.JPG
リンダウバ家次男アントニオが結婚しました!!2009/10/24


IMGP9657トリミング.jpg
さらにリンダウバさんは夫のジョゼさんと結婚35周年記念。
写真中央がリンダウバさん。右は4男のハファエル。2009/10/24


IMGP9753.JPG
3日間に渡ってモンチアズールで行われたアートの集い。
写真は私が参加した竹細工ワークショップの様子。2009/10/30-11/1


写真を見てもわかるように、こちらでは現在5人の日本人ボランティアが
活動しています。彼らからの活動報告も間もなくこのブログに掲載されます。
乞うご期待!!

20091103
TOSHI

モンチアズール濃縮1週間

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昨日の朝4人のブラジルスタディーツアー参加者がサンパウロか
らセアラ州カノア・ケブラーダに向けて出発しました。彼らが滞
在していたモンチ・アズールのリンダウバさん宅はなんだかスッ
キリしました。


IMGP8950.JPG
出発のとき

確か2年前にも同じようなシーンがあったような。
大輔さんが7名ほどの学生を連れてブラジルにやってきたときだ
ったかな。彼らが3日ほどモンチ・アズールに滞在した後、カノ
ア・ケブラーダに向けて出発しようという時、私も一緒に行きた
くてしかたがなかった。だが、当時モンチ・アズールでボランテ
ィア活動中だった私は、リンダウバさんにいくら頼んでも行かし
てもらうことができず、すごく残念な思いをしたのを覚えている


だが今回は、みんなを気持ちよく送り出せた。彼らと過ごしたモ
ンチ・アズールでの1週間はすごくよかった。どうよかったかっ
て?一言で言うなら、私の今までのモンチ・アズール体験を濃縮
したような1週間ってとこかな。

IMGP8863.JPG
パン屋でボランティア体験


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木工所でお手伝い


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託児所のペンキ塗り


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保育園建設プロジェクトの現場作業も手伝ってくれました。

ブラジル人青年達と本気でサッカーしたり、モンチの職員の方々
に焼きそばをふるまったり。

IMGP8911.JPG

特に金曜日のインテグラサン(モンチアズール全体集会)は最高
だったね。モンチ職員200人の前に日本人が3度も登場して、言葉
が話せないのに笑いの的だった。そのおかげかどうかわかんない
けど、モンチアズール創始者ウテ・クレーマーさんに招待されて
、彼女の家でお話を聞かせてもらうことができた。

サヨナラパーティーは久しぶりにリンダウバさんの家にみんなを
招いて、BBQ、寿司などの料理と、冷蔵庫に入りきらないほどの
ビールで盛り上がった。

IMGP8946.JPG

ずっと気持ちが高ぶっていたし、少し欲張りぎみのスケジュール
だったから終盤は疲れぎみだったかな。でも1週間思う存分やり
きった気持ちでいっぱいです。


IMGP8857.JPG
みんなで食べる本場のシュハスコはうまかったなぁ。

20090817
TOSHI

しょーのブラジル日記

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8月8日。日本からはるばる学生の3名がブラジルに到着しました。


IMGP8827.JPG
スタディーツアー参加者。左からひでお、しょー、こうへい。
右はモンチアズールボランティア中のそうご。ペイーニャにて。


彼らは私の同級生であり、大学で国際協力・国際理解を学んでお
り、その中でもブラジルにとても関心があるそうです。大学の夏
休みを利用して、サンパウロのモンチアズールで1週間、セアラ州
カノア・ケブラーダにて1ヶ月間のスタディーツアーを企画して、
やってきました。

今日はそのスタディーツアーの3日目。企画者の信広翔くん(しょー)
に現状をブログを書いてもらうことにしました。

以下、しょー君のブラジル日記をお楽しみください。

20090811
TOSHI

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初めまして。関西大学商学部4年の、信広翔と申します。
今回、同大学の福井を通じてこのような日記を書かせていただく
機会をいただけたこと、心より感謝いたします。
拙い文章ですが、時間のある方は最後までお付き合いしていただ
けたらと思います。


2009年8月8日。待ちに待ったブラジルに、ついに到着しました。
カノアケブラーダへのスタディーツアーの一環として、現在はモ
ンチアズールに滞在しています。


DSCF9149.JPG
同級生と久しぶりの再会を果たし、喜ぶそうご(左)とTOSHI(右)。
ブラジルではじめての食事はブラジル名物「フェイジョアーダ」


到着したのが週末だったため、初日は宿泊先のリンダウバ家でゆ
っくり過ごし、日曜日はリンダウバ家の家族と一緒にサンパウロ
観光に出かけることに。
セントロやリベルダージを回ったのですが、大聖堂などはもちろ
んのこと、道一つにしても雰囲気や建物など日本では決して見る
ことのできないようなものばかり。どこに行っても見る景色は新
鮮で、全てが強烈な印象として残りました。


DSCF9175.JPG
大聖堂の前で。右から2番目は案内人のハファエロ。
ほりが深くて目が見えていない。


この日の夜は、サンパウロFCのホーム「モルンビスタジアム」で
サッカーを観戦。スタジアム内には凄まじい熱気が漂っており、
ただそこにいるだけで鼓動が高くなる。
腹の底から「ウーッ」と声を出して応援するサンパウロFCのファ
ンの目は、選手の一つ一つのプレーに激しく一喜一憂しており、
ブラジルの文化の一つでもあるサッカーというものの影響の強さ
を強く感じることになりました。


DSCF9217.JPG
きれいに撮れたね。モルンビスタジアム。


ちなみにサッカー観戦に行く際、カノアからモンチアズールに1年
間研修に来ている教育者フラビアーニと娘イザベウに再会。約1年
ぶりだったけど、リンダウバ家でイザベウが僕を見つけて

「しょー!!」

と笑顔で抱きついてきた時は、本当に嬉しかったです。
「ブラジルに来てよかった。」と心から思えた瞬間でした。


DSCF9220.JPG
一番前の少女がイザベウ。


月曜からはモンチアズールのファベーラ内を見て回りました。
そこでは、古くからモンチアズールに関わってきたエバさんとお
話する機会があり、そのことが今の自分における価値観を広げる
こととなりました。

「私は21歳まで自分のためだけに生きてきた。でも、このモンチ
アズールで『働く』ということを通して、多くの人を知ることに
なり、相手や組織、自然、そして自分を尊敬するということを学
んだよ。」

「エバさんにとって働くって何ですか?」

「生み出すことよ。創造すること。」

働くことは生活の基盤であり、またそれは何かを生み出すことで
ある。自分のした仕事とは、自分が生み出したことの成果であり、
それが他人に認められてこそ自分を尊敬できる。
自分だけのため、自分の考えだけでは仕事はうまくいかないもの
だし、形式的に仕事をしていても何も生み出さないのだ。


僕を含め、20代前半の若者が「働く」ということを意識し始める
のはごく当然のことかと思う。「働くとは何か」という難題を考
えるにあたって、エバさんの言葉は、今後一つの大きなヒントに
なるのかもしれない。


本をたくさん読んで得る知識や知恵なども大切だが、人生経験が
豊富な人に話を聞くということは、人間としてとても学べる部分
が多いです。一つ一つの言葉でも、重みや深みが違う。だからこ
そ、これからのブラジル生活においても人との出会いは大事にし
ていきたいと思います。


さて、毎夜のことながら、スタディーツアーに参加している学生
達とはミーティングをして、自分達の改善点や評価点などを話し
合っています。(20前後の学生が5人もいるので、当然色んな話
も入り混じりますが・・・)

慣れない生活からか、僕を含め学生はミーティング終了時には疲
れがピークに達し、ベットに倒れこんでうつ伏せのまま眠り込ん
でしまうことばかりです。眠気があまりない子は、ビールやカイ
ピリーニャを飲みながら、色んなことを話して楽しい時間を過ご
します。
そんなこんなで、毎日充実した日々を過ごしています。


IMGP8831.JPG


まだブラジルでの生活は始まったばかりですが、これからも日本
の裏側での限られた貴重な時間を有意義に使い、それが自分にと
ってかけがえのないものとなるよう、後悔のないように日々考え、
行動し続けたいと思います。


それでは皆さん、最後まで付き合ってくださってありがとうござ
いました。このような機会を得られたことに感謝します。

2009年8月11日
関西大学商学部4年
信広翔

豚インフルエンザ

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今、ブラジルでは豚インフルエンザの感染が拡大しています。
それに伴いサンパウロ市内の公立・私立学校は8/3~8/16まで休校。
モンチアズールの保育園も休園になりました。

画像.jpg
閉鎖中の保育園「メニノ・ジェジュース」


僕は午前中はコジーニャ(料理場)、午後は2~4才の子供が通うクレッシェ(保育園)で働いています。保育園が休園になったので「久々にゆっくりできるかなー」と思っていたら、そうもいきません。ボランティアのコーディネーターは「ボランティアは休みじゃないわよ。働かなければダメよ」
とのこと。ですので、今は一日中コジーニャで働いています。

ちなみにボランティアは半年働くと2週間、1年なら1ヶ月ほどの休暇がもらえます。
僕は再来週から1ヶ月の休暇をとる予定です。


20090808
そうご

何事もなくてよかった。

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昨日8月4日の11時45分ごろの話です。

前の記事に書きましたように、私はエビーニャとの出張講演にむ
けて、プレゼン資料の作成を超マッハな速さで終わらせようとし
ているところでした。すると、

「お店と図書館を全て閉めて!!いま銃を持った警察が入ってき
たわよ。」

と硬い表情をして言いながら、ファベーラ・モンチアズールの図
書館で働いている女の職員が慌てて私がいたお店に入ってきまし
た。

他のファベーラに住む職員の方々も家に電話をかけて、家族に絶
対外には出ないように伝えていました。

また来てしまったのかと私は思い、お店の中から外の様子を伺っ
ていました。警察の数は前回より少なかったようで、私は直接警
察を見ませんでしたが、ファベーラの入り口にはパトカーが並ん
でいるのが見えました。

12時ちょうどの昼食の時間が少し過ぎた頃に、辺りの緊張感は落
ち着き、私は何事もなくファベーラから出ました。

あとで職員の方に話を聞いたところ、今回は摘発や捜査ではなく
、警察がモンチアズール・コミュニティ協会の代表者に話を聞き
に来ただけとのこと。おそらく前回の事件で、協会側も共用して
いる倉庫から麻薬等が見つかったことについて調べにきたのだと
いう。

今回は大きな騒ぎにはなりませんでしたが、現地スタッフ、ボラ
ンティア共に注意して活動します。


20090805
TOSHI

雨...雨...雨...

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これで6日連続で雨です。異常気象ぎみです。
昨夜はかなり強く降ったみたいで、ファベーラの斜面を流れてきた
泥やゴミがフットサルコートに集結していました。

IMGP8742.JPG
泥がたまったフットサルコート


IMGP8140.JPG
通常

こんなの誰が掃除するんだろうと思っていると、昼過ぎになると、
地域の若者や子どもたちが掃除を始めていました。えらい。


20090730
TOSHI

【モンチアズールコミュニティ協会の見解】
事件後のモンチアズールコミュニティ協会ですが、特に変わった
動きはなく、平常通り活動を続けています。というのも、今回の
麻薬組織摘発によって組織の存在が目に見えてわかっただけであ
って、協会としてはそういったファベーラにおける問題に対しての
活動を長年に渡って行ってきているため、これまで通りの活動を
続けることが大切と考えているからです。

しかし、ファベーラ自体の治安に問題ないと言い切ることはでき
ません。コミュニティ協会の職員が言うには、例えばまた警官の
捜査があったときに、組織側が反発して銃撃戦になるかもしれな
いからです。


【日本人ボランティアの状況と今後の対策】
現在モンチアズールに滞在している日本人はボランティアの下向
井稔史とCRIスタッフの福井俊紀です。
事件当時2人は警察との接触がなく無事で、事件翌日から普段通
り活動を続けています。しかし、今回の捜査で押収された麻薬な
どはファベーラ内のほんの一部に過ぎません。したがって、再び
同様の事件が起こる可能性があり、その対策として、ブラジルや
その他の外国に滞在する際の常識かもしれませんが、例え普段の
仕事場であっても自分の身元を証明できる身分証明書を常に携帯
しておくことが大切であることを再度理解し、今後の活動で心が
けていくようにします。

今後モンチアズールで活動するボランティアの渡航に関して、現
地にいる日本人と協会職員の意見では、今回の事件を含めて、現
地の状況をよく知った上で、ボランティアに来る本人の意思と判
断が大切としています。そして、渡航前には現地での危険回避の
方法などの知識を持っておく必要があります。

また、現地ボランティアは現地の情報を常に収集し、定期的に日
本側CRIに現地の安全情報をブログなどを通じて連絡することに
します。


DSCF4832.jpg
ファベーラの中心へ


20090723
TOSHI

ようやく私はチアと一緒に階段を一番上まで上ぼりきり、ファベ
ーラの反対側の道に出るとそこには人がたくさんいて、先ほどま
での私と同じようにファベーラの中の様子を伺っていました。こ
ちらには警察の車が10台ほど止まっており、警官もかなりの数で
、さらに私の目に飛び込んできたのはファベーラの入り口に一列
に横並びでうつ伏せになっている男たちです。両手を後ろで組ま
されて、警官に見張られています。


チアはそれを見て、「だめだわ、近づいちゃだめ。あなたも警察
に捕まっちゃうわよ」と言い、その場から私の仕事場である事務
所を見ると、すでに扉は閉まっていて誰もいない様子だったので
、自宅に戻ることにしました。


IMGP7626.JPG
ファベーラの入り口

【事件の概要】
先週16日(木)の午後4時ごろ、武装警官100名ほどによるファベー
ラ・モンチズールへの取り締まり捜査が行われました。警官によ
る4発の威嚇発砲により捜査は開始され、夜遅くまで取り調べが
続きました。

捜査の結果、ファベーラ中心に位置する広場横の倉庫から拳銃が
3丁と大量の麻薬、さらに現金15万レアル(日本円にして約750万
円)が見つかり、またその付近の住民の家の地下室には麻薬を作
るための設備があることが発覚し、ニュースで報道されました。

警察は、ファベーラにいた13人の男性を連行し、そのうち1人が
モンチアズールの住民でその他は外部の人間であったとのことで
す。というのは、ちょうど警察が捜査に来た時刻に麻薬組織の会
議と外部との取引が行われており、その情報をつかんだ警察が見
計らっての逮捕劇となったからです。

※ブラジルで報道されたニュース
http://video.globo.com/Videos/Player/Noticias/0,,GIM1083005-7823-POLICIA+PRENDE+TREZE+HOMENS+EM+FAVELA+DE+SAO+PAULO,00.html


20090722
TOSHI

モンチアズール事件簿

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先週16日(木)の午後4時ごろの話です。


「ジャポネース!!いま、ファベーラに入っちゃだめだよ!」

私は事件発生時にたまたまファベーラ・モンチアズールを離れて
いて、ファベーラの中心にある仕事場に戻ろうとしたとき、ファ
ベーラの入り口周辺にいた人たちに呼び止められました。入り口
には警官がいて、私はきっと喧嘩でも起こったのかなと思いなが
ら入り口付近で騒ぎが収まるのを待っていました。


状況がよくわからずに待っている間、ファベーラから出てくる住
民や車両は警官に止められ、平気で銃を突きつけられて尋問され
るということが繰り返されました。
私は警官が銃を構えると、万が一のことを考えて車の陰に隠れな
がらガラス越しに状況を見ていました。


しばらくすると警官2名は車で立ち去ったので、一緒に入り口に
いた人たちとファベーラ内に入りました。ファベーラの中心に向
かって歩いていると、これまた大きな声で
「トシノリ!!向こうに行っちゃだめだよ!!家に入っておいで!」
という声が上から降ってきました。歩いていた道路沿いの家の2
階の窓から身を乗り出して私に声をかけているのは、私が2007年
にモンチアズールで一緒に働いていた保育園の先生(チア)でした。


「トシノリ、身分証明書持ってるの?」

話を聞くところによると、大勢の警官がいっせいにファベーラに
入ってきて、手当たり次第住民に尋問し、麻薬の取締りをしてい
るところでした。私はそのとき身分証明書を仕事場に置いてきた
ままで、もし警察に接触すれば、あやしい外国人と判断されて連
行されてしまうところでした。


ファベーラの中心に位置する仕事場に自分の身の回りのものを全
て放置してきているので、心配になりどうにか仕事場に戻りたい
と伝えると、チアは「違う道を教えてあげるから私と一緒に行き
ましょう」といって、ファベーラのぐねぐねした階段の上り坂を
急ぎ足で案内してくれました。チアが私の前を歩いていたのでち
ょうど彼女が階段を一段上る度に、私の目の前には彼女の真っ黒
な素足の裏が見えました。


20090721
TOSHI

「モンチアズールで活動して学んだこと」(外国人ボランティア)

グループ①:
人と人とのコミュニケーションは言葉だけでするものではなく、
心で強く思えば必ず思いは通じるということ。

言葉が通じない他の国で活動したことがあるが、そのようなこと
は感じなかった。ここモンチアズールでは、言葉が話せないにも
関わらず、自分を一人の人間、友達として認めてもらえた。


グループ②:
モンチアズールの人々は、その時その時で自分の人生を決めてい
るように思う。先進国に比べると、少ない資源や選択肢の中で、
いかに今を充実させるかという能力に優れている。

私たちは逆にかしこまりすぎて、まだまだ先の将来のことについ
て考えすぎている。そのため、今の瞬間を大切にすることを忘れ
ているのではないか。


「外国人ボランティアはモンチアズールで何を学んでいると思う
か」(ボランティアコーディネーター)

"Conviver com os diferencas"
(違いと共に生きること)

先進国から来たボランティアがモンチアズールという貧民街でそ
この人々と共に活動し、生活することに意味がある。なぜなら、
ボランティアの自国とここの生活、文化、考え方などでは大きな
違いがあり、それがボランティアにとって刺激になる。その違い
と共生することは、困難でもあり、学びでもある。


IMGP8504.JPG

ここ最近のボランティア会議はネガティブな話ばかりだった。(
例えばボランティアが夜遅くまで騒いで近所に迷惑をかけるなど)

そこで、こういったみんなの考えを聞いて共有できる機会を設け
ることができてよかったと思う。

モンチアズールで何を学んだのか。モンチアズールは「モンチア
ズール大学」と言われるほどたくさんのことを学べる場所だが、
いざボランティアが自国に帰ってそれを説明することは難しいと
私は感じた。


モンチアズールボランティアとは何か。
一句詠むとすれば、

"ボランティア 学びの庭の 子よ我ら"


20090708
TOSHI

モンチアズールの外国人ボランティアは月に一度会議をすること
になっています。

昨日の午前中はその会議がありました。普段なら12名のボランテ
ィアとモンチアズールの職員である4人のボランティアコーディ
ネーターが出席するのですが、ブラジルは現在冬休み中のため、
旅に出ているボランティアもいて、昨日の会議に出席したのは合
わせて10人でした。

いつも会議の内容は主に2つあって、1つはボランティアが普段
の生活や仕事での問題点を解決するための話し合いです。

もう一つは、会議に出席する誰か1人が自分の生い立ちを語ると
いうことをしています。

そして、今日の会議では私が自分の生い立ちを話すことになりま
した。

1週間ほど前から何を話そうか考えていたのですが、どうせ私の
短い人生を語ってもつまらないし、何か日本の文化でも紹介しよ
うかなと思っていました。

"そうだ、私が他のボランティアとは違う点を話そう。"

ヨーロッパから来るほとんどのボランティアは高校を卒業し、大
学に入る前の1年間を海外で活動し、自分がこれから何をしたい
のか探している。

一方、私は18才で大学に入学してから、どのような経緯で学び、
ブラジルで活動し、日本に帰りなぜ再びブラジル、モンチアズー
ルに戻って来たのか。


IMGP8461.JPG
会議で話すとしのり。


一通り私の大学生活を話した後、私が一番強調したかったこと、

"では、なぜ私はモンチアズールに戻ったのか。"

それをみんなにわかってもらうために、簡単なアクティビティー
を用意しました。

ボランティアの6人に、
「モンチアズールで活動して学んだこと」

ボランティアコーディネーターの3人に、
「外国人ボランティアはモンチアズールで何を学んでいると思う
か」

を各自の紙に書いてもらいました。

その後、3人グループに分かれて、各自が書いたことをグループ
で共有し、その中で何が一番大切かを各グループで話し合って決
め、発表してもらいました。


IMGP8462.JPG
グループで話し合うボランティア。左から日本人、ドイツ人、アルゼンチン人。


IMGP8464.JPG
ボランティアコーディネーターの3人。

さて、私たち外国人ボランティアはモンチアズールで何を学んで
いるのでしょう。


20090704
TOSHI

わんこそば早飲み大会?

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時は少し遡るのですが、実は先日サンパウロの日系人街で行われ
た岩手県人会主催のわんこそば大会に参加しました。

大会というのは、わんこそばの早食い対決です。それを聞いたモ
ンチアズールの日本人ボランティア3人組は、闘志を燃やして挑
んだのでした。

ヒーローは遅れて到着するというスチュエーションで、3人は会
場に13時に到着。すでに会場はおそばや餃子、おにぎりを味わっ
ている人でいっぱいでした。早食い大会は15時からと聞き、久し
ぶりの餃子を少しだけいただいてウォーミングアップ完了。

参加者は男性が約30名、女性が4名と男性陣の争いはなかなか激
しくなりそう。顔ぶれを見ても、ブラジルに柔術を習いに来てい
る日本人の若者などでなかなか強豪ぞろい。

私たちの前のグループの人が2分間で55杯を食べて暫定1位。私た
ち3人はそれを見て、とにかくそばを食べずに飲み込もうという
作戦を立てた。


IMGP8066.JPGのサムネール画像
「よし、もっと来い!」(そうご)


IMGP8065.JPGのサムネール画像
「うん、なかなかうめぇな。」(たし)


IMGP8064.JPG
「うっ、苦しい・・・飲めない。。。」(とし)


苦戦を強いられたが、なんとそうご君が55杯を完食!!

1位に並んだため予定外の優勝決定戦へ。そこでもそうご君は57
杯を食べたものの、残念ながら相手は75杯食べていた。すごい、
1.6秒で1杯食べていたことになる。

次は焼きそば早食い大会があると聞いて、リベンジに燃えていま
す。


20090701
TOSHI

モンチアズールコミュニティ協会では、私たちが建設プロジェクトを行っているファベーラから200メートルほど離れた場所に文化センターを運営しています。

その文化センターは、普段は協会の事務所や子どもたちを受け入れる学童保育として機能していて、仕事が終わった夕方5時以降や土日は、さまざまな文化活動が行われています。例えば、英語教室やギター教室、土日は劇やバンドの講演があり、地域の人々でにぎわっています。

因みに、私たちもその文化センターにて、毎週火曜日の5時半から日本語教室を開いています。

そして今日は、そこで各活動がお互いに自分たちの活動を発表するというイベントが催されました。


IMGP7587.JPG
「モンチアズール文化センター」

その発表の中でも、一番の盛り上がりを見せたのはカポエイラ教室の発表です。

ご存知も人も多いかもしれませんが、カポエイラとはブラジルの武道のことで、ダンスと格闘技をミックスしたようなものです。日本で言うところの空手のようなものでしょうか。カポエイラの魅力は、楽器で音楽を奏でる人がいて、みんなでで歌って楽しめるところです。一種の舞踊とも言えますね。


IMGP8232.JPG
終盤になるとスピードが増し、迫力満点です。

200906212
TOSHI

保育園の子供たちのフェスタ・ジュニーニョが開催されました。
フェスタ・ジュニーニョは(6月の祭り)という意味です。この時期、ブラジルの各地でこのフェスタが開催されます。
起源はヨーロッパにあるようで、キリスト教のヨハネ、アントニオ、ペドロといった聖人たちの祝日が6月に集中します。また、ヨーロッパ(北半球)では夏至の時期にあたるので、農民たちの収穫祭の意味も込められています。
したがって、祭りでは、カイピーラと呼ばれる田舎者の格好が定番。男性は野良着スタイルにカウボーイハットか麦藁帽子。女性は三つ編みにワンピース。そしてこれまた麦藁帽子。仮装をするのは主に子供です。


画像 019.jpg
どうや!似合ってる?


画像 016.jpg
ニセモノのちょび髭ともみ上げ


画像 018.jpg
そばかす化粧も欠かしません


画像 054.jpg
歌を歌ったりダンスを踊ったりします。


画像 031.jpg
遠足気分て感じですね。


20090620
そうご

マルガリータ

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何か悪いことでもしたのかな?


IMGP8146.JPG


【リンダウバFamily】
父:ジョゼ 母:リンダウバ 長男:ジョアン 次男:アントニオ(写真左下)
長女:マリア 三男:ルイス 四男:ハファエロ(写真右)
次女:ジジ 三女:ルシアナ(写真中央)

20090614
TOSHI

だるま塾山登り

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5月24日。

サンパウロ市のラパ地区に、だるま塾という日本語教育を行っている団体があります。だるま塾では毎年数名の日本から来た学生が研修生として、ブラジルとパラグアイの各地で日本語を教えています。

私は2007年にモンチアズールでボランティアしていた際、日本祭りを開催するにあたって、だるま塾代表の森脇先生に凧作りを教えてもらったのが、だるま塾を知るきっかけでした。
そして、1年ぶりにブラジルに帰ってきて、前回お世話になっただるま塾に挨拶に行ったところ、5月に山登りがあると聞いて、一緒に働く日本人ボランティアを誘い、参加させてもらうことになりました。

当日の参加者は、日系人としてブラジルに住まれている方や、私たちと同じようにブラジルで活動する日本からの若者が大半です。


IMGP7928.JPG
森脇先生。登った山は、ピッコ・ド・ジャラグアというサンパウロ州で一番高い山で、歩く距離は全部で20キロにもなります。


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山頂でのお昼ごはんは格別です。


IMGP7947.JPG
みなさんお疲れさまでした。

20090525
TOSHI

最初の一切れをあなたに。

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吹いちゃだめー!

IMGP7860.JPG
ブラジルでは、誕生日ケーキの最初の一切れは、一番大切な人に食べてもらいます。

日本のケーキの100倍甘いブラジルのケーキ。まるで砂糖より甘い。
作った人の気持ちが甘みとなっているのかな。


IMGP7871.JPG

20090523
TOSHI

モンチアズール協会の活動はモンチアズール、ペイーニャ、オリゾンチアズールと3ヶ所のファベーラで行われています。

そして月に1回、全職員がモンチアズールに集まり会議が開かれます。
この日は仕事が休みになり、朝から夕方まで会議が行われ、軽い朝食と、昼食が出ます。

さて先週の金曜日にその会議が行われたのですが、その昼食に私たちが「やきそば」を振舞うことにしました。ブラジルでは「やきそば」は日本食のなかでも知名度が高く人気です。

今回はいくぶんひねって「あんかけ風やきそば」を作りました。
IMGP7716.JPGのサムネール画像
「あんかけ風やきそば」考案者の福田太志くん

さあ、どれだけ作ったかというと、約300人前!!
麺だけでも40キロほどありました。
IMGP7712.JPGのサムネール画像
日清の乾麺です

料理場で働く職員の方にも手伝っていただきました。
あんかけ風やきそばなので、具、野菜、あんは別々に調理します。
IMGP7718.JPGのサムネール画像
超カメラ目線。

朝まで降っていた雨も、お昼にはあがりました。
IMGP7742.JPGのサムネール画像
雨上がり、曇り空。

気になるお味の方は...
大丈夫みたいです。
IMGP7731.JPG
Muito Bom!!

そうご
20090522


リンダウバさん誕生日

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5月15日。我がボランティアの母的存在であるリンダウバさんの誕生日。


IMGP7758.JPG
今年で52歳を迎えるリンダウバさんと彼女の家に住むみなさん。

20090515
TOSHI

甘~いケーキと臭~い3階

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下水排管破壊によって、3階は悪臭で満たされたのだが、気を取り直してケーキ作り。


IMGP7704.JPG
こんなちゃんとしたケーキを作るのは人生初。


明日はボランティアにとっては大切な日だから。

20090514
TOSHI

つまっちゃった

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どーも!
日本人ボランティアの下向井稔史(しもむかいとしふみ)です。
今年の4月から1年間の予定で、ここモンチアズールでボランティア活動をさせてもらうことになりました。もう一人のボランティアであるとしのりくんと名前が似ているので、こちらでは「そうご」と呼ばれています。面倒くさがりな性格なので、どこまでブログを書いていけるかわかりませんが、これからネタがあればどんどん書いていきますので、よろしくお願いします!

さて、私たち日本人ボランティア3人は、ドイツ人ボランティア2人と一緒にリンダウバ家の屋根裏に住まわせてもらっています。

屋根裏といっても、大人5人が十分に生活できるスペースはありますし、きちんとトイレ、シャワー、流し台、ガス台などもきちんとついています。

新カテゴリ追加!!

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モンチアズールで活動している日本人ボランティアが、日々どのような生活を送り、何を感じているのかを日本、そして世界各地にいる皆さんと共有するためのカテゴリを追加します。

ブラジルからボランティアの生の声をどんどん発信していきます。

カテゴリ名はどうしようかな。とりあえず「ビバ☆ブラジル!!」(仮)で。アイデアがあれば提案してください。良ければ採用しますよ。

では、近日書き込み開始!!
乞うご期待。


アサイー1kg完食に挑戦!!
IMGP7631.JPG
TOSHI(22)

IMGP7634.JPG
TASHI(2?)

IMGP7644.JPG
SOUGO(21)

※アサイーとは。
アサイーはヤシの科の植物の実で、大きさは1cmくらい。このコロコロとした実はほとんど種なのだが、外側の皮の部分をすりつぶして食用とする。アサイーにはビタミンや必須アミノ酸が豊富に含まれているほか、抗酸化作用があるポリフェノールがワインの30倍もあるといい、奇跡のフルーツとして世界的に注目されている。ただし、ビールやアルコールと一緒に飲むとお腹を壊す、と言い伝えられているので念のため注意を。

引用:「地球の歩き方,ブラジル・ベネズエラ」ダイアモンド社,2007年,307頁

20090512
TOSHI

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